落第Angel bP――天使に託された試練
辻希美は今日も今日とて失敗ばかり繰り返していた。「あ――!んもう!ののってば〜しっかりしてよ!」安倍の怒号が今日も響き渡る。「まぁまぁ・・・なっち、そんなに怒んないで・・・」飯田がフォローに入った。毎回おんなじパターンだ。「辻ちゃんーガンバレ―」矢口の声援が響く。これまた同じパターンだ。(な〜んで私失敗ばっかりすんだろ・・・。)辻は半泣きだった。「ちょっと休憩にしよう。辻は残って」夏先生の言葉で辻以外のメンバーはレッスン室から出て行く。楽しそうに笑いながら。辻は今日も先生とマンツーマンで居残りレッスン。広いレッスン室に先生と2人きり。夏先生は腰に手を当て、ため息をつく。「・・・辻、しっかりして」「す、ずびばぜん・・・・」鼻水まみれになりながら辻は返事をした。一生懸命やってるつもりなのだが、上手くいかない。夏先生は辻の頭をポンと軽ーく叩いた。「辻はもう先輩娘なんだからすぐに覚えられるはずだよ?」辻は何も言い返せなかった。先生の優しい慰めも虚しくなってくる。「明日まで・・・・頑張って覚えてきま・・・ず」それしか言えなかった。夏先生はフゥ、とまたため息をついた。「じゃ、練習しようか」特別レッスンが始まった。家に帰ると、辻は真っ直ぐ自分の部屋に飛び込んだ。荷物を床に置くとベッドに倒れこんだ。「ふぃ〜、疲れたぁ・・・・」さすがの元気娘もヘトヘトになっていた。「・・・・・練習しなくっちゃ」5期メンバーも入り、先輩になった辻はプレッシャーを強く感じていた。それと同じくらいに猛烈な眠気を感じていた。「へぁ・・・・練習しなくちゃ」そう言いながら辻は眠ってしまった。「あ・・・・は・・・し・・・・・を・・・・うの・・が・・・・いなの・・・ないでね・・・」「!?」どこからか聞こえた声に辻は驚いた。あたりをキョロキョロ見回したが誰もいない。「夢かぁ・・・・」そう呟いて辻は眠ろうとした。「・・・あ!練習しなくちゃ!」今度こそ辻は飛び起きて、借りてきたMDをコンポに入れた。今度の新曲が流れてきた。辻は一生懸命と頭でフリを思い浮かべながら練習に没頭した。次の日、レッスン室で新曲の振り付け。泣こうが喚こうがラストの練習。忙しい「娘。」達には十分に時間を取るのが難しかったのだ。辻は不安だった。昨日の自宅での練習でも一回も上手く出来なかった。始まる前から涙目になっている辻。でも、誰もフォローはしてくれない。みんな必死なのだ。だからこそ・・・辻はみんなの足を引っ張りたくはなかった。「それじゃ、始めましょう」夏先生の一言でフォーメーションを組む「娘。」たち。辻も自分の最初の位置につく。曲が流れてくる。始まった。辻は無我夢中で、頭の中が真っ白だった。曲が一通り終わった。「・・・辻ちゃん。」夏先生の声が聞こえた。メンバー全員が辻のほうを向く。辻は目をつぶり首を縮めた。「凄いじゃーん、完璧だよ!その調子でね」夏先生の超意外な言葉に口を半開きにしてポケ〜としてる辻。自分では完璧なつもりはなかった。でも出来ていた。「なーんだぁ。やれば出来るんじゃん!大丈夫だね」安倍の口から出た今まで聞いたこと無い言葉。「頑張ったんだよねぇ。辻」飯田が頭を撫でてきた。辻は夢かと思った。自分ではとても信じられなかったのだが、なぜか辻はフリを完璧にマスターしていた。その証拠に辻はレッスン中、1回も失敗したと思わなかったからだ。他のメンバーは、夏先生に練習を止められて指示を出されていたのだが、辻だけ、そんな事が無かった。「なんか辻ちゃん、急に良い動きしてきちゃったよね。何かあったの?」矢口がポンッと肩を叩きながらそう言った。辻は思いっきり首を横に振った。「へぇー・・・、いよいよ開花したのかな?辻も。ははは・・・」矢口は嫌味の無い笑みをこぼした。辻はとても嬉しかった。最高の気分であった。どうして突然、何が変わったのか解からないけど。夜になり、辻は自分の部屋で寝る準備をしていた。「今日はとっても良い日だったなぁ。明日も今日みたいな日でありますように・・・」誰にお願いしてるのか解かんなかったが、そう言ってベッドに潜り込んだ。今夜は気持ちよく寝られそうだ。「おやすみなさぁい」電気を消した。「あなたは・・・・を・・すく・・・・・いなのわす・・・・・ね」また頭の上で変な声がした。辻は慌てて目を覚まし、電気をつけた。やっぱり誰もいない。少し鳥肌がたった。「な・・・・何なんだろ・・・」頭を大きく横に振って、気持ち悪い声を振り払おうとした。しばらく辻はじっとして黙っていた。また変な声が聞こえるのかと思って。しかし、声はしなかった。それでも怖いので、辻は電気を少しつけラジオの電源を入れて寝た。次の日、テレビ番組の収録。辻は今日も、何もかもソツ無くこなせた。(ボケトークもばっちりだ)収録後、加護が話しかけてきた。「ののちゃんスゴイなぁ。コツとかあるのかい?」辻は何がそんなにスゴイのかが全然解からなかった。いつも通り、今までの通りにやっていたまでだ。ただ突然いきなり、何もかも上手く行くようになっていたのだった。加護以上に不思議そうな顔をしていた辻に加護は、「天性なのかなぁ・・・・・うらやましいなっ」少々笑みを浮かべ、ポツリとそれだけ口にして加護はスタスタと行ってしまった。その日のうちに新曲のPV撮影があった。一人ずつ監督に指示通りに踊り、撮影がどんどん進んでいく。辻の番がきた。辻はステップを間違えてしまった。また失敗だ。監督は撮影を1回ストップさせて皆を撮影場所に集めた。監督は何やらスタッフと話し合いをしていた。辻はまた怒られると悟って、首を縮めて監督の言葉を待っていた。話が終わった監督はこう言い出した。「辻が踊ったヤツを採用しようか。最初から取り直し」メンバーの「なんで〜?」と言う声が聞こえてきた。辻は唖然としていた。夜、辻はベッドに入って考えていた。何か自分の良い様にすべてのことが進んでいる。うれしいけど・・・・信じられないくらい嬉しいけど、なんか怖い。今まで失敗してきた自分が嘘のよう。というより、今の自分のほうが嘘のよう。「あなた・てん・みんなを・・・・しめい・・、わすれないでね・・・・」また同じ様な声が聞こえた。いつのまにか眠ってしまったようだ。辻は飛び起きた。これで3日間連続だ。さすがに夢とは思えなくなってきた。辻は怖くて親の部屋に行った。親に説明した。全く信じてもらえなかった。次の日、大雨だった。今日もテレビの収録。安倍が遅刻してやってきた。「ごめん―!」それを見た保田が呆れた。「またなのぉ?まったく・・・・・」保田の言葉に反応する安倍。「何それ。なっちに何が言いたいわけ?」熱くなる安倍と保田。いつもの光景。「今日もがんばりましょうねぇ〜」高橋が大声で話す。「いつも無駄にテンション高いなぁ・・・、なまり直らないの?」小川が聞こえるような声で言う。「なに、まこちゃん。何か言った?」「メイン気取ってて・・・いいよねー、可愛がってもらえてて」小川が嫌味っぽそうに言う。「ふん・・・。芸能界って言うの知ってるのか〜い??まこちゃんは」高橋は小川の方を向かずに呆れ顔で言う。いつもの光景。「ウチは・・・・やっぱりこの世界には向いてないみたい。才能なさそうだし」弱気な発言をする加護。「一生懸命やってるんですけど・・・いっつも空回り。みんなの迷惑になってるのかなぁ」悩む石川。「みんな!どうして圭織の言う事聞いてくれないの!」怒る飯田。いつもの光景。番組の収録は滞りなく終了。みんなプロである。収録が終わった後、辻は一人で事務所に呼び出された。居残りもそうだったけど、誰だって一人にされるのは不安だ。事務所に入って聞かされた事は、辻をメインにしてみようという事だった。「・・・・!そっそそそんなぁむむむむむむむむむ無理です〜」辻は動揺しているせいか激しいリアクションだった。まだ無理まだ早いもう少し待って許してください、と連発して早口でしゃべった。結局、もう少し待ってみようという事になった。「じゃ、帰っていいよ。おつかれ」「お、おおおおおおつかれ様でしたたした」噛み噛みで意味不明の挨拶をした辻は焦っていっそいで帰った。焦ったせいで、事務所の階段でつまづいてしまった。夜になってやっと落ち着きを取り戻した辻。「私がメイン・・・・?嘘みたいだよ・・・・」モーニング娘。に入ってから失敗ばかりで自身を失っていた。でも、今回の一件で自信を取り戻せたような気がする。「なんだか上手く行き過ぎてるよ???」少し疑心暗鬼になった。あまりの嬉しさに、その日辻は「あの声」の事などすっかり忘れていた。「あなたは天使。みんなを救う事が使命なの。忘れないでね」どこからかの声に辻は驚いて飛び起きた。今まで曖昧だった微かな声が、今日ははっきり聞こえた。部屋は眩しいほど明るかった。電気もつけていないのに。辻はしばらく目を開けていられなかった。きっと幽霊だ。お化けなんだ!どうしよう。辻は何も見えないままその場から逃げようとした。何も見えない状態で上手く動けるはずがない。辻はベッドの角に足を引っ掛けて転んだ。床に寝転がったままジタバタとその場を逃れようとする辻。「・・・何もかも忘れてしまったようですね」例の「声」は初めてちがう内容の言葉をしゃべった。その明るさにようやく目が慣れてきた辻は、声のする方を振り向いた。するとそこには、羽根の生えた小さな人間が浮いていた。「¢○ЯЖかзШ !!」辻は驚きのあまり意味不明の言葉で叫んだ。体が硬直して動けなくなった小さな羽根の生えた人間はため息をついた。「あなた・・・自分のやるべき事も自分が何であるかも忘れてしまったのですか?」辻はただ呆然と小さな人間を眺めていた。小さな人間は話し続けた。「あなたは天使の見習いなんですよ。それも忘れてしまったのですね」「進級試験の追試で人間界に降りてきたのでしょう」「試験の内容も覚えてないんでしょうね・・・当然」「今のあなたの仲間のいさかいや悩みを解決するのが試験の課題なのです」「期間は・・・・もうあと一週間しかありません」「出来なければ落第ですよ?」「前々から監視していたのですが、あまりに鈍いので少し力をあげたのですがね」「試験の内容とは関係の無いところで時間を使いすぎていましたね」「思い出しましたか?」辻は首を大きく横に振った。「そうですか。・・・しかし、もう期限が迫っています」「ココ最近、何もかもが上手く行くようになっていたでしょう」大きく首を縦に振った。「それは私が力を与えたからです」「本来の目的からすっかり離れていましたから」辻は、なんとなく納得がいった。辻は初めて口を開いた。「私は・・・ここに残れないんですか?」「いずれ、みんなと離れ離れになっちゃうんですか?」小さな人間は答えた。「それは試験の結果次第です。失敗すれば強制送還します」「成功すれば‘‘留学’’という形でそのまま人間界に残れるでしょう」「あなたの努力しだいです」「みんなと離れるのは嫌です。このままで居たいです」辻は訴えた。「それでは努力してください。いいですね?期間はあと一週間です」小さな人間はそう言うと突然消えてしまった。部屋は真っ暗になった。辻は小さな人間の言葉を思い返していた。「みんなのいさかいや悩みを解決することかぁ・・・」難しい試験だった。でも、クリアしなければ今の自分は無くなってしまう。何が何でもやり遂げなければいけないのである。「いさかいって・・・・どういう意味なんだっけ?」・・・・・おいおい。〓 つづく 〓